南ア・甲斐駒ガ岳〜鋸岳

9月10日〜12日

 単独ではなかなか行けなかった山塊で、鋸岳の最高峰(第1高点)のみに登るのではなく、甲斐駒ガ岳からの縦走をして初めて鋸岳を登ったことになると当初から考えていた。二・三百名山詣でが中高年を中心に活発に行われて久しいこの頃、この山塊での遭難事故が絶えなくなり、伊那市、長谷村などの関係市町村で登山道の整備が行われ、六合目の避難小屋も約5年前に改築された。それでも危険山塊に変わりはなく「通行止め」の看板が稜線上や戸台川の登山口に掲示してある。本年も滑落事故で死者を出しているとのこと。
 ネットで山行記録を検索している中で、先の登山道整備に関連して危険箇所にはしっかりした鎖や崩壊によるルートの変更・ペンキなどのマーキングが施されているなどの報告があり、単独で縦走することで計画・出かける。夜行で出発、広河原に早朝6時に到着する。運転手の話では八月より九月の方が天気が良くて登山客が増えたらしい。北沢峠へ移動、朝食を済ませて7時半頃に双児山、駒津峰経由、直登コースで甲斐駒ガ岳へ登る。良い天気で背後に仙丈ヶ岳、北岳を望みながら気持ちよく歩け、11時前に甲斐駒ガ岳の山頂に到着。山頂は登山客でいっぱい、すばらしい展望をしばし楽しみ、鋸岳方向の縦走路にはいる。鋸岳縦走路の入り口には道標もあり、鋸岳まで5時間40分、(要注意)の表示がある。踏み跡はしっかりしていてかなりの人が歩いているらしい。砂礫の道を下って行く。鎖場もあるもののしっかりとした鎖が付いていた。六合目小屋に12時15分頃到着する。寝るスペースを確保して水場へ向かう。縦走路をしばらく行ってザレ場に出て左に下る。雨が少なかった事もあり林の中の急な踏み跡を約10分下ってやっと水場に到着する。普段は5分位で水が取れるらしい。本日の避難小屋利用者14名、定員オーバーで近くにテントを三ッ張っていただいて、小屋泊8名となった。良い天気のもとでチビチビとお酒を飲み始める。夜半から風が強くなり明日の天気を心配しながら鼾に悩まされながら就寝する。
 翌日はドンヨリとした天気、5時20分頃に出発する。すでに大半の人は出発していた。大半の人がハーネス、ヘルメットを着用していたが、当方は単独だし何も準備なし。時たまガスが出てきて山並みが見えなくなる中を踏み跡(かなりしっかりしている登山道並)とテープを探しながら進む。アップダウンを繰り返し中ノ川乗越に6時半到着する。目の前の第2高点への登りを前に休憩する。ガレ場を慎重に登り約30分で第2高点に到着するが、ガスって展望はなく証拠写真を撮って次に進む。ガレ場を下り樹林帯をどこまでも下り、大ギャップの底近くまで降りる。以前のルートは下ってすぐの大ギャップをトラバースし、岩場のテラスを探してトラバースするようになっていた。降りきった所で大ギャップから崩れてきた幅5b位のガレ斜面を慎重に横切り、鹿ノ窓ルンゼに入る。ルンゼの大斜面は比較的傾斜が緩く、直登しないようにジグザグに踏み跡が付いていて鎖場までそれほど問題なく登れた。鹿ノ窓への登りもほとんど鎖を使用しないで登ってしまった。窓をくぐり甲州側に出て左に10b位進み岩の壁を乗り越えると小ギャップに出る。ほぼ垂直の7〜8bの岩場で、下りはしっかりした鎖でゴボウ下り、上りは慎重に鎖を頼りに上る。右に岩稜をしばらく上り第1高点に8時半に到着する。ここでもガスで展望は今一、第2高点同様にすばらしい展望を期待していたので少々残念。縦走が無事終わってほっとする。角兵衛沢を下る。ガレ場を慎重・且つ大胆に下る。途中から樹林帯になり天気が回復してきた。戸台川出合いまではとにかく長い急な下り。飽き飽きして嫌になった10時半頃やっと川に出る。テントが5〜6張りある。途中で出会った登山者のもので、ここから第1高点を日帰り往復するのだろう。戸台川を渡り河原を黙々と下る。炎天下広い河原下りは初めての体験。テープを探しながら、地図を確認しながら嫌々歩く。2時間で戸台大橋着、次のバスまで1時間ある。体を洗ってさっぱり、日陰でバスを待つ。仙流荘、高遠と乗り継いで、伊那市から高速バス、しっかり渋滞に捕まり持ち込んだビールとお酒四合を飲みきってしまった。宿題を一つ片付けた充実感とほろ酔い・うたた寝で気持ちよく帰れた。

第1高点(鋸岳)

鹿ノ窓登り終えて

鹿ノ窓を登る

第2高点

甲斐駒ガ岳より鋸岳

鋸岳

小ギャップ

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